推しのいる世界について(メリットや感想を述べている記事です)

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photo by Aditya Chinchure on Unsplash

こんにちは。好きに暮らすです。

長い間アイドルとかに騒いでいる人たちの心境が理解できずにいたのに、なんとなく理解できてきた話です。

人とたくさん関わって、どうにもこうにも人の目や仕草や態度が気になり続ける日々が10年くらい続いたのですね。

そこから徐々に離れていって、関係が切れたわけではないけれど会う回数が減りました。

なので人からどう思われるか、ということがかなり減ってきて

自分に都合のいい情報ばかりを集めるようになってきましたw

人に迷惑をかけない(と言っても相手がそれを迷惑と取るかどうかは相手次第)

むしろ人の役に立つ自分でいたい。

そんな考えは誰かの押し売りでした。

誰かに言われたって、「へ〜」と思ってスルーするしてもいいのに

自分が苦しくなるくらい頑張っていましたね。

人に批判されるのが怖くて。

でも、目立ったり余計なことを言ったり正直でいることも

批判されることにつながるのだ、ということがわかった。

いろんな人から好かれたい、認められたいって

何を目指しているのだろう?と思うようになってきました。

自分の心に従うこと、自分以外の誰かがいなくても自分でご機嫌になれること

それが自分が楽に、というか普通に生きていける、暮らしていける方法なのだ

ということがわかってきました。

なので、引きこもりの気持ちもわかるし

完全に他人の中ならまだマシも

微妙に知っている人がいる場所や知っている人たち同士の中に

自分一人だけいるっていう時間が辛いです。

前は、辛いという気持ちも認められなかった。

でも今は、この時間だけ耐えようと言ってご褒美用意して頑張ります。

辛いと感じることって、筋トレみたいに何度も繰り返せば慣れることもあるけれど、

繰り返すことでますます疲弊するってパターンもあるんだなと分かりました。

学校へ行っていた時は、3年とか数年で不快なことが終わるのだけれど

社会人になると終える時を自分で決めないとならないです。

辛い時に理解してくれる人が周りにいるとも限りません。

家族だから、友達だから、と相手に期待していたら相手は期待通りの反応をしてくれなかった

ということもあります。

人って、傾向はあるけれど、こうしたからこうなるはず、という自分の中の方程式が

当てはまらないことがよくあります。

そのことで、何度メンタルやられたことか。

もうそれは過去においてきて、自分っていう人をただただ受け入れるのみです。

相手が持っているものを持っていない、なんてことはあるあるです。

手持ちのカードで勝負するしかないって、(まぁ勝負したいと思っているわけではないけれど)

年を重ねるごとにうなずける言葉だな、と思います。

Image by Free-Photos from Pixabay

前置きが長くなりました。ここからが推しがいる暮らしの話です。

子どもの頃、かっこいいなぁと思っているアイドルがいました。

テレビや雑誌でチェックして、いいわぁと眺めている。

友達と話題にして、いいよねぇってする。

以上。

正直に申し上げますと、冬のソナタ見てヨン様言ってる奥様方に引いてました。

母がそういう感じじゃなくて良かった、とさえ思っておりました。

しかしながら、自分が30代にもなってきて

冬のソナタがどうのっていってた奥様方の気持ちが理解できなくもない、と思てました。

冬のソナタとかドラマって全然見ないけれども。

少し前にYoutubeやインスタといったSNSのおかげで

私もこの人いいよなぁ〜と思える人があらわれました。照

で、Youtubeでパフォーマンスとかトークとか見てると

気持ちが上がるのがわかるのです。

謎にキュンとすると言いますか、

女性ホルモンがしぼり出されると言いますか、

形容し難いのですが、ずっと見れる感がしてくるのです。

ただ人間関係には多少ストレスを感じることもあったりするので

でも実際に会ったり近くにいる人は嫌な面もたくさん見ることになるのだろうな、

なんて冷静な自分もいたりします。

なので今の距離感(距離感というには遠すぎw、むしろこちら認知されていない)ぐらいが

いいのよね〜と一人で納得。

それでここからはちょっとあれな推しの活用方法なのですが、

どうにも疲れている時とか気持ちが落ち込んでいる時、

朝起きるのがしんどい時、孤独感がやってきた時、

推しをゲームみたいに召喚しますw

想像力は無限大ですw

それで、自分の都合のいいようにセリフを言ってもらって

気付いたらいつの間にかいなくて

私は普段の目の前の生活をこなしているのです。

人生しんどくて、ついにイマジネーションの世界を現実に持ってきちゃった?

と誰にも言えない自分だけの話だわと思っていたのですが、

先日読んだ漫画

「メタモルフォーゼの縁側」

に似たような場面があって、大興奮でした。

メタモルフォーゼの縁側に女子高生が自作の漫画を書く場面があるのです。

女子高生が漫画をかけないでいると、

彼女の推し(女子高生が読んでいる漫画の中の登場人物←漫画の中で書かれている漫画、ややこしい)

が出てきて「(漫画)かかないの?」などと話しかける場面がありました。

(セリフはうろ覚えです)

読みながら、え?女子高生、推しを召喚しちゃってるじゃん!私か?

と思って、心から共感できた場面でありました。

その場面ももちろんのこと、メタモルフォーゼの縁側、この漫画とっても面白かったです。

争ったり、戦ったり、誰かがとびきり不幸になるとかいうわけでもなくて

読み終わった後に「こういうのもありだよなぁ。この漫画に出会えて良かったなぁ。」

と思えた漫画でした。

ただ、BLの内容も少しあるので、その設定が苦手な人にはおすすめすると

偏見を持たれるかもしれないです。

とにかく、推しがいるとインターネットやSNSなどのおかげで

  • 顔に癒される
  • 声に癒される
  • 仕草に癒される
  • 過去の動画や画像などもあって飽きない
  • 距離感がありまくりでいいところしか見えない
  • 攻撃してこない
  • 謎に自分やせようって思える
  • 自分頑張ろうって思える
  • 推しをチェックすることをご褒美として扱うことができる
  • 自分が今いる場所だけが世界のすべてではないと思える
  • いつどこで推しに遭遇するか分からないから服装や身なりに気をつけようと思う
  • とにもかくにも色々なメリットがあることは間違いない。

生活に潤いを与えてくれる、それが推しなんだとわかりました。

誰かを応援したい、応援することで

自分が受け取っているものもたくさんありますね。

ではでは、好きに暮らすでした!

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