オリンピック選手の落胆に私も落ち込む。(HSPがしんどい。)

雑記・ダラダラと思うことを述べてみる。

テレビやメディアを通して活躍するアスリートを見るのは楽しい。

技や演技にもすごいなぁと思うし、そもそも容姿が美しいなって思う選手もいる。

色々あるけれど、みんなも頑張ってる。

私も、楽しめる範囲で頑張ろうって思える。

その選手が思い通りにいかなくて、

期待の結果が出なくて、

その事実というかその映像や記事を見るだけで

自分がぐったりする。

選手は全く悪くなくて、

自分の共感性のせいだ。

共感と言っても、

選手たちが本当にこんな気持ちになっているか

わからないし、

共感しているのではなくてただ自分が辛いのかもしれない。

努力が報われなかった人を見るのが

辛いのだ。

人との心理的距離が近いのかな?

そうは言っても合ったことがない人だ。

最近では、虐待のニュースとかいじめのニュースとかも

苦しくて見れない。

客観的というか、

俯瞰してというか、

他人事として見れない自分がいる。

この気持ちをどうやって整理したらいいのかな?

ってわからなくなって

ぐったりする。

この出来事は私に何を教えてくれているのかな?

と思う。

どうにかして、うまくいかなかったけれど

それでも何かそこから光を見出せるのではないか?

と思って考えてみるのだけれど、

やはり苦しい気持ちに戻ってきてしまう。

タンパク質が足りてないのかな?

カフェインとりすぎかな?

なんとなくでみたSNSで、

それにも刺激されて

冷静になってみたり焦る気持ちがあったり、

孤独感が湧いてきたり、

全てリセットしてやり直したくなったり。

うん、昨日、今日とメンタル不調ですね。

不調なときこそね、

私に生き方を教えてくれているんじゃないかな?って思うんだ。

私にとってのOKとNOを身体が、脳が教えてくれていると思っている。

さんざん失敗してきたので、もうこんな体験はこりごりだね、とか。

誰かの発言に不快な思いをしたり、頭から消すことが出来なくなったり。

脳が危険を察知しまくっているのではないか、と思う。

世の中には時間薬というものがあるらしい。

それは、簡単に手に入るけれど

即効性は無く、記憶を簡単に消してくれるものでもない。

そうすると、傷つかないように、傷つかないように

誰かと深く関わらないようにしようとしてしまう。

もしかすると、私の中にある劣等感や否定された記憶が

思い出されるのかもしれない。

この人には言われたくない、みたいな人に言われて不快になったり。

過去のことに向き合ったら、次は目の前のことをやって

それから未来に向けての種まきをしていかないとね。

大体のことが、まぁいいやって思えたら楽に暮らせるのだろうか。

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